新しく入れた装置の位置決めがどうしても安定せず、「これはバックラッシュかも…」と悩んでいる機械エンジニアのあなたへ。歯車やラック&ピニオンのごくわずかな隙間が、振動や異音、寸法不良となって返ってくると、とたんにラインは止まり、冷や汗ものですよね。
本記事では、歯車ギアの基礎からバックラッシュ測定、シムや中心距離を使った調整方法、さらにサーボモータのバックラッシュ補正までを、現場目ですぐ使える手順で整理します。精密機器や自動化設備の位置決め精度を上げ、ムダな再調整ゼロを目指す設備保全兼設計エンジニア向けの実践ガイドです。
バックラッシュ調整の方法と基礎知識

まずはバックラッシュという言葉の正体から、ていねいに整理していきましょう。バックラッシュは、一対の歯車の歯面どうしの隙間=遊びのことで、円周方向バックラッシ・法線方向バックラッシ・角度バックラッシなど、いくつかの定義があります。(イチから学ぶ機械要素)
遊びが大きすぎるとガタや振動が増え、遊びが小さすぎると摩耗や焼き付きの原因になります。そのためJISやメーカーは、モジュールや等級に応じた許容バックラッシュ値を示しており、その範囲内に収めるのが基本です。ここを理解しておくと、後の「調整の落としどころ」がぐっと見えやすくなります。
バックラッシュとは?定義と役割
バックラッシュは、歯車をなめらかに回すためにあえて設ける必要な隙間です。もし歯車ギアの歯面どうしがぴったり接触していると、加工誤差や芯ずれ、熱膨張の影響で干渉が起こり、回転が重くなったり、歯面が欠けたりしてしまいます。そこで設計段階で、モジュール・歯数・等級などから狙いのバックラッシュ量を決めておき、組立時にその値になるように歯厚や中心距離を調整します。ミスミやKHKの技術資料でも、バックラッシュは「歯車をスムーズに無理なく回転させるために必要」と説明されています。
バックラッシュには主に次の種類があります。
・円周方向バックラッシ:ピッチ円上で測った歯面の遊び量
・法線方向バックラッシ:歯面の法線方向に測った隙間
・角度バックラッシ:一方の歯車を固定し、もう一方を動かせる角度の最大値
これらは表現こそ違いますが、「どれだけガタがあるか」を別の方向から見ているだけです。大事なのは、自分の設備ではどの定義で管理しているかを最初にはっきりさせておくことです。
バックラッシュが大きい/小さいと起こるトラブル
バックラッシュが大きすぎると、まず目に見えてくるのが「ガクッ」という衝撃です。NC機械やロボットの位置決め方向を切り替えたとき、サーボモータは回転しているのに、機械側はしばらく動かない時間が生まれます。その分だけ位置決め誤差や応答遅れが増え、製品精度やタクトタイムに悪影響が出ます。さらに歯面どうしが衝突を繰り返すため、騒音や振動が大きくなり、長期的には摩耗も早まります。
逆にバックラッシュが小さすぎると、潤滑油の逃げ場がなくなり、油膜切れによる摩耗や焼き付きの危険が高まります。JISやメーカーは「ノーバックラッシュは避けること」と明確に注意喚起しており、精度の良い歯車であっても、ある程度の遊びは必ず残すよう推奨しています。ここを知らずに「ガタが嫌だからとにかく詰める」と、短期間で歯面がダメになり、結果として大きなコストと工数に跳ね返ってしまいます。
機構別バックラッシュ調整方法(歯車・ラック&ピニオン・LSD)

基礎が押さえられたところで、いよいよバックラッシュ調整の具体的な方法に入っていきます。ここでは現場で遭遇率の高い「平歯車列」「ラック&ピニオン」「LSD・減速機」の三つに絞り、それぞれの機構でどこを測り、どこを動かして調整するのかを整理します。共通のキーワードは軸間距離(中心距離)と歯厚、そしてシムやスペーサーです。ダイヤルゲージを使った測定手順や、調整ボルトでラックを寄せる方法も、図をイメージしながら順番に見ていきましょう。
平歯車のバックラッシュ調整方法(シム・中心距離)
平歯車のバックラッシュ調整で、もっともスタンダードなのが軸間距離を変える方法です。二つのギアの中心距離を少し広げればバックラッシュは増え、少し詰めればバックラッシュは減ります。実際の設備では、ハウジングと軸受の間にシムやスペーサーを挟み、モジュールやJIS等級から計算した目標値になるまで、ダイヤルゲージで測定しながら調整します。(バックラッシ調整とは?)
もう一つのやり方は歯厚を変える方法です。歯厚を薄く加工するとその分バックラッシュは増え、厚くすると減ります。ミスミの資料でも、「歯厚を小さくする/中心距離を大きくする」の二つが代表的な方法として紹介されています。現場では、ギアの加工変更はハードルが高いので、まずはシムによる中心距離の追い込みから検討し、どうしても足りない場合に歯車仕様の見直しを考えるのが現実的です。
ラック&ピニオンのバックラッシュ調整方法
ラック&ピニオンでは、平歯車以上に取付面精度と真直度が効いてきます。ラックを取り付けるベースの平面度が悪かったり、ピニオン軸との平行・直角が出ていないと、場所によってバックラッシュ値がバラつきます。そのため「どれだけラックを寄せるか」以前に、まず取付面のフライス加工状態や、ラック自体の真直度・ピッチ精度を確認しておく必要があります。
調整構造としては、ラック側に長穴を設け、ピニオンに対して近付けたり離したりできるようにするのが定番です。調整ボルトで少しずつ寄せていき、ピニオンを前後に揺すりながら法線方向バックラッシをダイヤルゲージで測定し、基準値に入ったところで本締めします。このとき、「一か所だけ」ではなく、ストロークの両端や中央など、複数地点で測るのがポイントです。どこか一か所でもバックラッシュがゼロ近くになると、運転中に焼き付きや異音の原因になるからです。
LSDや減速機でのバックラッシュ調整方法
自動車のLSDや減速機のバックラッシュ調整も、基本的な考え方は同じです。デフキャリアにリングギアを組み込み、サイドベアリングの外側に入ったシムの厚みを変えることで、リングギアとピニオンギアのかみ合い位置を微調整します。ダイヤルゲージでリングギアを揺すり、バックラッシュ値がメーカーの指定範囲内になるまで、左右のシム組み合わせを変えて追い込みます。
ここで大切なのは、「とりあえずガタが無くなるまで詰める」のではなく、必ずサービスマニュアルに記載された範囲を守ることです。LSDはトルクのかかり方も大きく、バックラッシュが小さすぎると極端な騒音や歯面破損のリスクが高まります。作業時間の目安は4〜5時間と言われることが多く、シムの在庫をあらかじめ揃えておくことで、日帰り作業も可能になります。
失敗しないバックラッシュ調整方法の設計・保守ポイント

最後の章では、せっかく調整したバックラッシュを長期間安定させるための、設計と保守のコツをまとめます。JIS規格やメーカーの許容値をどう読み解くか、サーボモータのバックラッシュ補正をどう使うか、熱膨張や摩耗を前提に「ちょうどよい遊び」を残す考え方など、ムダな再調整を減らす視点が中心です。また、現場でありがちな失敗パターンと、そのチェックリストも用意し、次の停止日にすぐ活かせる形にしておきます。
適正バックラッシュ値の考え方とJIS・メーカー推奨
適正なバックラッシュ値は、モジュール、歯幅、回転速度、負荷トルク、用途によって変わります。JISでは用途や等級ごとの許容バックラッシュが示されており、ミスミやKHKなどの標準歯車メーカーも、カタログや技術資料で目安を公開しています。
実務では、まずメーカー推奨値を中心に据え、使用条件に応じて少しだけ安全側に振るのが現実的です。例えば、
・高速回転で発熱が大きい → 少し大きめのバックラッシュにして、熱膨張の余裕を見る
・低速・高トルクで位置決めがシビア → 許容範囲の中でできるだけ小さく詰める
といった判断です。また、装置が新品のときと、摩耗が進んだ数年後では最適値が変わることもあります。「今だけ」ではなく「ライフサイクル全体」をイメージして値を決めておくと、後々のトラブルを防ぎやすくなります。
サーボ補正・測定方法でバックラッシュを見える化
最近のサーボモータや位置決めユニットには、バックラッシュ補正というパラメータが用意されていることが多くあります。これは、回転方向が切り替わる瞬間に、あらかじめ設定したパルス分だけ余分に指令を出し、機械側の遊びを打ち消す機能です。三菱電機のFAQでも、バックラッシュ量をパラメータに設定することで、サーボと機械位置のズレを補正する仕組みが説明されています。
ただし、補正値を決めるには、やはり実機のバックラッシュ量を測る必要があります。ここで役立つのがダイヤルゲージです。対象のギアやラックの一部を固定し、反対側を回転方向に軽く当てながら、ガタの範囲を角度または変位量として読み取ります。その値をもとに、サーボのバックラッシュ補正量を設定し、実際に位置決めを行って、オーバーシュートやハンチングがないか確認します。機械側で調整しきれない分だけをサーボで補正する、というバランス感覚が大切です。
現場でよくある失敗とチェックリスト
最後に、バックラッシュ調整でよくある「やってしまいがちポイント」をチェックリスト形式でまとめます。明日の停止前に、さらっと眺めておくだけでも失敗を減らせます。
- 取付面の平面度・真直度を見ずにいきなり詰めてしまう(ラック&ピニオンで特に注意)
- 一か所の測定値だけでOKと判断する(ストローク全体で確認する)
- 本締めの順番でバックラッシュが変わるのを意識していない(対角締め・均等締めを徹底)
- 潤滑状態を無視してバックラッシュだけを詰める(油膜切れ→焼き付きのリスク)
- サーボ補正だけに頼る(機械側がガタガタなのにパラメータでごまかそうとする)
- 記録を残していない(どのシム厚でどの値だったかメモしないと次回苦労する)
逆に言えば、①取付精度の確認 → ②複数ポイントで測定 → ③締め付け管理 → ④潤滑確認 → ⑤補正値と記録の順番を守れば、バックラッシュ調整で大きく外すことはほとんどありません。この記事を参考に、あなたの現場でも「ムダなやり直しゼロ」をぜひ目指してみてください。
